「21世紀の新素材」と呼ばれるカーボンナノチューブ(以下、CNT)。炭素原子で構成されている、直径がナノメートルサイズのチューブ状の物質です。密度はアルミニウムの約半分と非常に軽量でありながら、硬さや強さはダイヤモンド並み。非常に高い導電性と熱伝導性、耐熱性を持ち、極めて優れた材料として注目を集めています。ただし、その取扱いは難しく、産業への実用例はまだ多くありません。
そんなCNTの研究開発を重ね、CNT材料の製販を行っている静岡大学発ベンチャーがあります。CNTの強みをどのように製品に応用できるのでしょうか?浜松カーボニクス株式会社(本社:浜松市中区)の井上 翼(よく) 代表に話を伺いました。
井上 翼 氏|プロフィール
静岡大学工学部教授。1989年4月、神戸大学工学部電気電子工学科を卒業。同大学大学院にて修士課程および博士課程を修了する。2000年に静岡大学工学部の教員に着任。半導体に用いるシリコンのナノ素材にはじまり、2006年ころより炭素のナノ素材に関する研究開発を行っている。2010年11月に浜松カーボニクス株式会社を設立。2013年10月より同社代表取締役に就任。
ナノ素材に関する研究開発の成果からベンチャーへ
菅原:まず、貴社の紹介をお願いします。
井上:弊社は、CNTという材料のものづくりベンチャーです。会社の規模はまだ大きくありませんが、お客さまは関東や中部、関西を中心として日本全国にいらっしゃる状況です。
CNTは先端材料なので、弊社の素材を購入した各企業さまの社内で研究開発をされているようなイメージです。自社内に研究開発の部門があるような、大手の企業さまとの取引が多いですね。
菅原:浜松の企業とも取引はありますか?
井上:研究開発に力を入れている企業さまにご活用いただいています。光を電気に変えるようなセンサーや、ウェアラブルセンサーなど。分野としては、半導体や自動車、電気機器に化学ですね。
菅原:どのような経緯で起業したのでしょうか?
井上:私の研究室で、CNTを研究していたことに端を発します。もともと、半導体に用いるナノ素材の研究開発を長年行っていました。その流れで、炭素のナノ素材に着目して、応用できる方法がないかという研究を2006年ころから始めたのです。
それが発展し、電気や新エネルギーに関するサービスを提供する池戸電気株式会社(本社:浜松市中区)の池戸 智之 代表と2名で、「CNTの可能性を探索する」というチャレンジに取り組みました。その後、A‐STEPという、大学や公的研究機関などの優れた研究成果の実用化を目指す、技術移転支援プログラムの支援を受けて起業しました。
CNTのサンプルを提供してほしいという企業さまが多かったこともあり、研究シーズを商品として販売できるのではないかと。今も、その延長ではあります。
菅原:大学の研究成果が発展して、起業に至ったのですね。
井上:研究の成果を社会還元する方法の一つとして、ベンチャーという形態をとっていると言いますか。弊社が、CNT材料の製造販売をする器となり、CNTの応用技術を産業にも少しずつ広げていけたらと思っています。
「長い・まっすぐ・高密度」 今までになかったCNTを提供する
菅原:CNTの製販事業について詳しく教えてください。
井上:主に世の中で用いられている「軽くて強い繊維」と言えば、炭素繊維です。最近は飛行機の一部にも使われていますし、以前からテニスラケットやゴルフのシャフト部分にも使われてきたカーボンの材料ですね。弊社では、その炭素の構造を変えて、さらに軽く強くしたCNTの研究開発から製造販売までを手掛けています。
菅原:CNTは、どのような製品に使用されていますか?
井上:CNTは取り扱いが難しく、国内外で産業に使われている事例はまだ少ないです。使われているとすれば、スマートフォンのバッテリーですね。CNTをほんの少し混ぜると、伝導性が高くなって数か月ですが寿命が伸びます。
CNTの製造販売も、比較的大きな企業で数社のみ。応用範囲はまだ狭いのです。私たちは、そこへ特徴的なCNTを作る技術で貢献しています。
菅原:どのような点で特徴的なのでしょうか?
井上:「長い・まっすぐ・高密度」という機能性を追求した点です。製造の過程は、「剣山」のイメージです。平たい面に細長いCNTの繊維が垂直に立ち、かつ高密度につくられます(特許取得技術)。
一般に多く流通しているCNTは、原料の炭素を空中でフワフワと綿菓子のようにしてつくりあげます。そのために短くて曲がった低密度の綿のような構造です。
菅原:製造方法に強みがあるのですね。貴社のCNTを活用するとどのような材料が作れますか?
井上:CNTをより合わせて糸にしたり、紡績して布にしたりしています。こうしたさまざまな形態で販売している企業は国内でも珍しく、弊社の特徴となっています。
菅原:ほかにも特徴的な材料はありますか?
井上:フレーク状のCNTを販売しています。液体や溶剤に溶かし込んで使うイメージですね。リチウムイオン電池や電気を通すプラスチックへの応用が期待されています。例えば、かすかな電流を流し続けて雪を解かす融雪装置に使うと良いのではないかなど。さまざまな取り組みに活用されているようです。
菅原:企業内の研究開発が進むにつれて、CNTを活用した製品がたくさん生まれてくるように思います。
井上:研究と製造を行う企業として「こうした用途にどうでしょうか」と、こちらからアドバイスをすることもあります。ただ、最先端の材料なので、お客さまは異なる方法で使われることが多いですね。販売も、代理店を通すことがほとんどです。
菅原:貴社のCNTは、比較的に手に入れやすいということでしょうか?
井上:そうですね、直接購入できる販売チャネルを設けています。AsONE(アズワン)という科学系のWEBショップでピックアップしてもらいました。ライフサイエンスとハイテク製品を全世界に販売している、米国シグマアルドリッチ社のインターネット通販でも購入いただけます。一般的にはCNTは、メーカーとの直接取引でなければ入手が難しいものです。
菅原:研究開発の成果をもとに社会貢献をという貴社のあり方が感じられます。
自動車の燃費向上から宇宙エレベーターまで、CNTの活用で実現する未来とは?
菅原:貴社の事業を通じて、CNTはどのように発展するでしょうか?
井上:将来的には、CNTの糸は金属の線と置き換わるような材料になる可能性を秘めていると思っています。とても軽いのに強かったり、軽いのに電気がよく流れたりする糸ということで、研究を重ねています。
今の炭素繊維の性能を、2倍から5倍ほど上回るようなものにしたいです。そこまでいくと世の中に一気に広がるのではないかと考えています。
菅原:CNTの強度がそこまで上がったときに、どのような製品が実現するのか興味が湧きます。
井上:極端な例ではありますが、宇宙エレベーターのケーブルに活用する研究にも協力しています。CNTは軽くて強いので、宇宙エレベーターのケーブルロープに使えるのです。宇宙エレベーターの建築構想を進めている大林組と共同で研究しています。
菅原:宇宙産業の分野でも開発が進んでいるとは、夢のような話です。貴社の研究を活かして、どのように社会に貢献していきたいとお考えでしょうか?
井上:少し、大学寄りの話になってしまうのですが。炭素というのは、地球上のあらゆる素材の中で一番強い素材なんですよね。将来的には、輸送機器などの重量を軽くするといった、省エネに繋がる材料になってくれたらという思いで研究をしています。
例えば、自動車の車体材料をCNTに置き換えると、燃費を2~3倍に向上できます。ただし、自動車の価格が10倍以上になってしまうので実用化が進んでいません。今は、弊社の材料を使っていただくことで応用のすそ野を広げているようなフェーズです。
菅原:その先に、さまざまな材料がCNTに置き換わっていく日が来るのですね。
井上:ちょうど、照明が一気にLEDに置き換わったときと似ていると思います。今後は、性能だけではなく、製造コストも考えていきたいと思いながら事業を進めています。
菅原:さいごに、これからCNTを積極的に製品に取り入れたいという企業に向けてメッセージをお願いします。
井上:CNTは、材料としてはまだ扱いづらいものです。CNTを使ってみたいという企業さまには、弊社が研究開発から技術的なお手伝いをできたらと思っています。
製品の試作はもちろん、各企業さまの使用目的に合わせた構造のCNTの開発にも応じます。幅広い範囲で、技術的な貢献をしたいと考えています。
編集部コメント
CNTを活用したい企業にとって、素材の購入や製品開発、技術協力も仰げる浜松カーボニクスは心強いパートナーです。企業内での研究開発が促進され、CNT市場も大きくなっていく可能性を感じました。