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水耕栽培と魚の養殖の循環型エコシステム「アクアポニックス」を実用化|aiearth. 代表 露木 里江子氏にインタビュー


日本国では、食料・農業・農村基本法に、農業の自然循環機能による持続的な発展を目指すことが規定されています。しかし自然界の営みとうまく調和しながら、食物の安定的な収量を確保していくことは、簡単には実現できません。
そんな中、小さな水槽の中で、生き物と植物が自然な生態系の中で育つ、地球に優しく生産性も保たれる農法を確立した女性がいます。aiearth.(本社:浜松市)代表 露木 里江子 氏。もとは主婦だったという露木さんを、起業に向かわせたものは何だったのでしょうか?この“小さな地球”を農業に転用することで訪れる未来とは?

露木 里江子 氏|プロフィール

高校時代は、生物クラブで酵母菌の研究に励む。寝る間も惜しんで熱中するほどの研究好きで、静岡大学農学部へ進学。大学を卒業後は、環境アセスメントの関連企業へ就職し、地質や風、植物などの評価・研究にいそしむ。結婚を機に退職、4児の母となる。子ども会やPTAなどの役員を通じ、地域の子供たちの成長を見守ってきた。2011年、末っ子の成長を機に、個人塾「はてなくらぶ」を自宅にて開校。2018年4月にaiearth.を設立。社名は、末っ子の「愛」さんの名前から。

目次

起業のきっかけは「娘の自由研究」


菅原:まず、事業紹介をお願いします。
露木:aiearth.では、水中で養殖する魚の排泄物を肥料に転換し、その水で植物を育成する農法システム「aiearth式アクアポニックス」を提供しています。アクアポニックスとは、魚の養殖水産と植物の水耕栽培を同時に行うことができる、循環型農水産法のことです。植物の必要とする栄養分を魚の排泄物で賄い、水はクリーンな状態が保たれます。
これまでの水耕栽培と異なり、化学肥料の使用を使用しないため、完全循環型の農水産法と注目を浴びています。弊社では、特殊な「養液aiearth」を使用することで、アクアポニックスの産業化を実現しています。
菅原:「養液aiearth」の特徴を教えてください。
露木:「養液aiearth」は、国立研究開発法人 農研機構の特許技術を使用して土中より選別された「硝化菌」を中心にブレンドした微生物群です。これを水中に流すことにより、微生物が魚の排泄物を分解し、植物の肥料となって成長を促します。「aiearth式アクアポニックス」内には、完全循環型の環境ができあがり、一般的な養液に用いられる化学肥料・試薬も必要としません。
菅原:素晴らしいエコサイクルですね。ここに至る最初のきっかけは、何だったのでしょうか?
露木:娘の夏休みの自由研究でした。私の実家の水耕栽培農園を見て、「家の前の用水路では、何もしなくても草が育つのに」と不思議がるんです。「お野菜には、どうして肥料を溶かしたお水(養液)を使わなくちゃいけないの?」と。
菅原:子どもならではの素朴な疑問ですね。
露木:実家からもらったチンゲンサイの苗を、さまざまな水質環境で育てることが、娘の自由研究のテーマとなりました。その中で、金魚やドジョウの水槽で育てた方が、ほかの場所よりチンゲンサイの生育が良かったんです。
菅原:生き物がいる水槽だと野菜の育ちが良いとは、意外な結果です。
露木:私自身もこれは面白いと思い、娘と二人三脚で研究を進めていきました。ただ、最初のころは、チンゲンサイがうまく育たなくて。光や水の温度などを調節しては、記録を取っていたのですが。
菅原:突破口となった出来事は、何でしょうか?
露木:それが、農研機構の「硝化菌」に出会ったことでした。「硝化菌」とは、有機物を分解して野菜に届ける働きをする媒介です。いざ、「硝化菌」を水槽に入れてみると、ドジョウに餌をあげるだけで、植物がぐんぐん育ちました。そこから娘の研究も加速し、方々で受賞や発表の機会をいただくようになったのです。
菅原:そんな中、事業化が見えてきたのはどの時点ですか?
露木:研究を始めて4年目です。娘が、毎日新聞社主催の「自然科学観察コンクール」の最高位をいただきまして。「おいしいドジョウと野菜が、市場に出回るかもしれないね」という講評に感化されました。
教育機関の先生70名ほどで、ドジョウと野菜の食味試験もしていただいたんです。「慣行栽培のものより、この水槽で育てた野菜の方がおいしい」という評価をいただきました。そのとき、これは事業として可能性があると確信しました。
菅原:そこから、起業の準備をしていかれたのでしょうか。
露木:いえ、この娘の研究が事業としてどうみられるか、先に世の中の反応が見たくなりまして。思い切って、2017年7月に開催されたビジネスマッチングフェアに出展しました。
菅原:目覚ましい行動力ですね!
露木:来場者の反響も上々で。それを見ていた浜松信用金庫の担当者さんが一言。「次は、事業化に必要なことを勉強しましょう」と、創業スクールの申込書を持ってきてくれました。実は、起業のステップや経営について学んだのは、そこからでした。

▲自由研究は、計8年間に及んだ

自由研究が事業となったとき


菅原:創業スクールに通って良かったのはどのような点ですか?
露木:事業計画がきちんと立てられた点です。お陰さまで、事業プランは創業スクールから選抜され、チャレンジゲートの最終選考会へ進みました。最終プレゼンの日まで、プランのブラッシュアップには、浜松信用金庫の職員さんが付き添ってくださいました。
特殊な養液を用いた循環型の農水産業の実現という、事業の核が絞り込まれたのもこの頃です。「養液aiearth」「aiearth式アクアポニックス」という商品名も考案できました。最終プレゼンでは優秀賞をいただきまして、2018年4月にaiearth.を設立しました。
菅原:現在は、具体的な商品も販売していますか?
露木:はい、家庭用の水槽キットを作成して販売し、お客さまの反響を見ています。環境や育てる人によって、魚と植物の育成も違ってきますので。現在、さまざまなデータや課題と向き合っています。
菅原:課題と向き合う中で、次なる展開も見えてきたのでしょうか?
露木:プラントなどの大きなサイズで、「aiearth式アクアポニックス」を実現したいと思っています。9月に、経営力向上事業補助金にも採択されたので、いよいよプラントの実証実験に入ります。
菅原:これまでの水耕栽培では、養分となる化学肥料を溶かした養液を用いてきました。おおがかりな初期投資も必要です。そこへ「aiearth式アクアポニックス」を導入していくのでしょうか?
露木:ドジョウにエサをあげるだけで、野菜が育っていく環境を水耕栽培でも実現したいと考えています。その際、新規設営の場合でも、設備の規模もコストも押さえられると思っています。理論値では、ワンレーン3mにドジョウ300匹が理想と、コンパクトなサイズで充分です。3〜5トンといった多量の水を溜めるタンクも要らなくなります。
菅原:現行の水耕栽培の設備も活用できそうですか?
露木:水耕栽培にもさまざまなやり方がありますが、どの形でも導入は可能だと思っています。ドジョウの生育に関しても、マニュアル化のためのデータを集積中です。
今年の12月には、プラントとしての稼働を確実にさせるのが目標です。アクアポニックスが、産業として成り立つことを証明したいと思います。

“小さな地球”が織りなす持続可能な社会とは


菅原:「aiearth式アクアポニックス」が水耕栽培に実装されたとき、目指すのは植物工場のような形なのでしょうか?管理の自動化された設備の中で、野菜の生産がされるような。
露木:いえ、人が、魚と野菜の世話をする部分は残します。人と野菜とのコミュニケーションは、「aiearth式アクアポニックス」で大切にしたい要素です。
菅原:露木さんが目指す未来についてもお聞きしたいです。
露木:私は、「aiearth式アクアポニックス」のある空間に、“人の営み”を寄り戻していけたらと思っています。現代においては、それがバラバラになっています。自炊の機会は減り、家事や介護も外注できるようになりました。家族の繋がりが薄れ、そのスピードは年々加速しているように感じます。
生き物と植物の生態系は、それを見たい人が自然と集まり、癒しや教育といった生活の一部にもなっています。
菅原:これから、どのように進展していくでしょうか?
露木:農業に関心のある企業さまとコラボレーションを生み出していきたいですね。農業の新規参入では、投資が回収できないことが多いです。「aiearth式アクアポニックス」を活用すると、水耕栽培の成功モデルを導入いただけると思います。
また、SDGs(持続可能な開発目標)を達成したい企業さまにも貢献できると考えています。「aiearth式アクアポニックス」は、SDGsの17の目標にかなりの部分で対応しています。
※SDGs|2015年9月の国際連合で採択された国際社会共通の開発目標。貧困に終止符を打ち、地球を保護し、すべての人が平和と豊かさを享受できるようにすることを目指す。
菅原:ありがとうございます。最後に、この事業にかける想いを聞かせてください。
露木:農家に生まれ育ったことや子育て、自治会や民生委員といった私の経験すべてを、このaiearth.に活かしていきたいと思っています。

編集部コメント

「aiearth式アクアポニックス」が実現する次世代の農業。それは、かつて人が農業を通じて構築してきた、社会や自然との繋がりを取り戻す取り組みでした。近い将来、ドジョウのいる水槽で育った野菜が食べられる日が来るかもしれません。aiearth.の今後に、期待が高まります。

ライター|菅原 岬

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