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介護医療の認知症予防を目指し、アートを通じて社会課題解決に取り組む | スプレーアートイグジン 橋口論


壁画制作やデザイン画制作などのアート分野に特化し、アートを通した社会課題の解決を目指す企業があります。静岡大学発ベンチャーの株式会社スプレーアートイグジンです。同社は認知症予防を目的としたオリジナル商品「ミッケルアート」を開発し、全国各地の介護施設での使用実績が各方面から注目を集めています。
今回は、スプレーアートイグジンの橋口代表取締役にお話を伺いました。アートを医療介護分野で生かすまでの経緯や進化を続ける「ミッケルアート」の展開について教えていただきました。

目次

プロフィール

橋口 論

株式会社スプレーアートイグジン代表取締役。静岡大学・大学院卒業。大学時代に短期留学先のカナダでスプレーアートに出会い感銘を受け、帰国後に独学でアートを学び始める。2007年に静岡大学発ベンチャー企業として株式会社スプレーアートイグジンを設立。2010年に自社商品「ミッケルアート」を開発、その後日本認知症ケア学会・日本認知症予防学会で2年連続の受賞を果たす。同社代表の他、日本認知症予防学会エビデンス創出委員会グループリーダー、ホスピタルアート普及協会代表理事を務める。

認知症予防効果のエビデンスがあるからこそ受入れられる「ミッケルアート」


ー アートを生かした現在の事業に至るまでの経緯を教えていただけますか?
最初はまちづくりに関心があり、商店街の景観形成事業、いわゆるシャッター街の課題に注目していました。「かつてそこにあったであろう活気を取り戻したい」「街の人に喜んで頂きたい」と思い活動していましたが、街の人々と接する中で、街が衰退した根本に少子高齢化の問題があることを知りました。
ちょうどその頃、愛知県にある介護施設の巨大壁画制作のお仕事を頂きました。壁画制作中、施設のご利用者様と話をする機会がありました。みなさん、故郷の話や昔の思い出をお話しされる時の表情がとても良くて。一人で過ごされている時の表情とは全然違っていました。「思い出を描くことで、高齢者の方に喜んでもらえたら…」そう思ったのがミッケルアートの原点です。
ー 最初に注目していたシャッター街から問題をどんどん辿っていった結果、高齢者や認知症のケアという課題に行き着いたというわけですね。
そうです。その結果、介護医療施設に目を向けるようになりました。しかし、当時の私は介護施設の課題についてあまり知りませんでした。そこで介護現場の方・施設の利用者の方にヒアリングを行うことにしたのです。そこから見えてきたのが「介護施設の人員不足による認知症ケアへの限界」という問題でした。ご利用者様に最大限のケアをしたくても、人員不足による業務負担が多くて実現が難しい。そんなジレンマを介護現場は抱えていたのです。
介護スタッフに負荷をかけない・認知症予防効果がある・ご利用者様に楽しんでいただける。そんなアートを描くにはエビデンスが必要であると考えました。そのために東京医科歯科大学大学院の先生らと共同で研究を行い「ミッケルアートは認知症の周辺症状改善に一定の効果を示す」というエビデンスを取得したのです。
エビデンスが集まったら、それをどう使うかも重要です。誰がどのようにアートを使ったらどんな効果が出るか、という検証が必要ですよね。

社会福祉法人聖隷福祉事業団リハビリテーション研究会における基調講演の様子

ー アートってパッと見て何かを感じさせるような、いわゆる感覚的なイメージが強いと思っていたのですが、橋口さんのお話を聞いていると論理的にアートを使っている印象があります。作ったアートをどう使うか考えてうまく利用しているというか、何に役立てるのかという部分をすごく論理的に考えているというか。
ありがとうございます。そうですね、介護施設に絵を持って行って利用者さんに見せたら「きれい」とか「懐かしい」とか、あとは「上手い」といった感情で反応すると思います。この感情から認知症予防に繋がるように行動を促していきます。
具体的には、普段から無気力・無関心な方に絵を見せると、じっと絵を眺めたり、隣の人とおしゃべりを始めたり。日常的にいろんな絵を見せることで次第にそれが習慣になり、他の利用者さんへの接し方も優しくなる。夕方にいつも「帰りたい」と話される方が、笑顔で楽しくお話されるようになったり、そういった一連の行動変容をデザインしていくことが重要だと思います。
この事例を増やしていくことがエビデンスになるのです。しかし、エビデンスは取得したら終わりではありません。新たな事例からデータを蓄積し、研究を重ねていくことで新しいエビデンスが取得できるのです。今後もより良い改善方法を研究し続けることで、常に「社会課題」を考え解決に取り組んでいきたいと考えています。

マンパワー不足を補う「ミッケルアート映像版」の誕生


ー「ミッケルアート」について簡単に教えていただけますか?
「ミッケルアート」の「ミッケル」とは「見つける」という意味です。「見つけるアート」つまり「ミッケルアート」は2010年に弊社が考案した、回想療法に用いるコミュニケーションツールです。
ミッケルアートには利用する方が昔を思い出し、語りを促す絵が描かれています。その絵を見て幼い頃や若い頃のことを回想しながら会話することで、忘れていた思い出や「今やりたいこと」を見つけられて、かつ回想することで脳が刺激されるので認知症の予防や進行抑制といった効果が期待できます。さらに施設スタッフさんが簡単に使えるよう作られている為、継続的に活用できるツールとなっています。
ー もともとの壁画アート事業から認知症予防の「ミッケルアート」に主軸が移ってきたタイミングで、高齢化社会の問題により目を向けるようになりましたか?
現在、日本は少子高齢化が問題となっていますが、これからますます高齢者数は増え、そして労働人口は減少していきます。既に介護施設は人手不足に陥っていますが、それがさらに悪化することは容易に想像できます。そこで新たに始めたのが「ミッケルアート映像版」です。
紙版はスタッフさんが利用者さんから思い出について問いかけ、語りを促します。しかし、現場は人手不足という現状から業務負担になっている可能性が考えられます。実際にスタッフさんから業務負担が大きいこと、退職してしまった人の穴を補填できても利用者さんの心の穴を補填することはできないという声を耳にしました。
現場の声はとても大切です。その中から、業務負担の軽減・より良い認知症ケア・利用者さんの交流が生まれるようなツールの必要性を感じ、「ミッケルアート映像版」の開発に取り組み始めました。これはスタッフさんの個々のスキルに依存しない認知症ケアです。

現場でベストな使い方ができるように進化する「ミッケルアート」


動画引用元:ミッケルアート ホームページ
ー 映像版は、もともと紙だった「ミッケルアート」とはどのような点が違いますか?
利用者さんが一人で見ても楽しい仕様にしています。音声と字幕もついているので、目や耳の不自由な方にも楽しんでいただけます。利用者さんへの声かけが苦手な介護施設のスタッフの一助にもなると考えています。どんな風に利用者さんに声をかけたらいいのか、スタッフさんも聞き流しながら覚えることができます。
映像だと病院やクリニックでも活用しやすいと思います。病院の待合室のテレビやベットサイドで流したり、身体的なリハビリできるまでは回復していない人が目や口だけを使ったトレーニングをする際にも利用できます。また、リハビリ以外の余暇時間を充実させることで、退院後の認知機能改善も期待できます。
ー 映像やタブレットなど、時代や社会の流れに合わせて媒体も変えているのですか?
現場で一番使いやすいベストな方法であればいいわけです。それが最初は紙だったけど、人手不足という状況に合わせて映像版を開発しました。映像だったら再生しておくだけで利用者さんは楽しむことができ、スタッフさんの負担を軽減することができます。現場の状況に合わせて紙版、映像版を活用していただいています。

自宅や地域で活用!アクティブシニアの方が楽しむミッケルアート

ミッケルアートアルバム

ー 映像版「ミッケルアート」の他にも力を入れているものはありますか?
実は認知症の予防に役立てればと、アクティブシニア向けの商品「ミッケルアートアルバム」を考案しWEBからご注文頂けます。アクティブシニアの方はお喋りが好きで、自分なりの何かが欲しい人は多いです。「自分史」を作るのはちょっと大変かもれませんが、喋ったことが簡単に高いクオリティで一冊のアルバムになるんだったら、みんな欲しくなるのではと思い考案したんです。
ー「ミッケルアート」は、介護施設に入ってる方や通院している方が主な対象でしたよね。「ミッケルアートアルバム」だと自宅にいる方にもリーチすることができますね。スプレーアートイグジンのターゲット年齢層がだんだんと下がっていると思いますが、今後ははもっとリーチしたい層を広げていきたいと思っているのでしょうか?
そうですね。最初は80~90代、そこから次は70代くらいに下がってきて。70代だったら、外に出て人と交流したい方もいますからね。実際に埼玉では、地域の方が集まり「ミッケルアート回想療法」を体験できるミッケルアートサークルが開催されています。地域の介護予防事業として好評を得ています。

ー 今後、スプレーアートイグジンはどのような存在になっていきたいですか?
社会課題に対して取り組むことを理念としているのでその部分を丁寧にやる、これに尽きます。
弊社の事業は、街づくり・医療介護分野・地域事業とその領域を広げていますが、「アートを通じて社会課題を解決する」という根本的な理念は創業当初から変わっていません。
「ミッケルアート」のようにいろいろなツールを開発することで多くの方とのご縁ができました。たとえば、ミッケルアートの効果や使い方を伝えるミッケルアート認定講師の資格、認知症の周辺症状を数値評価できるミッケルアート認定士の資格など、様々な形で現場の方々と一緒により良いものを創り上げています。今後もその方々の期待に応える展開をしたいと思っています。そして認知症という社会課題に対し、「薬を使わない日本発の非薬物療法」を目指したいと思っています。

編集部コメント

アートと聞くと視覚的・感覚的なイメージを抱いていましたが、アートを論理的に組み立てて医療介護に役立てるという橋口さんの考え方は面白くて興味深かったです。絵はもちろんのこと、「ミッケルアート」開発にあたって人間の行動や心理、医療などまで自分で勉強して事業に繋げたという橋口さんの起業家精神と学習意欲は素晴らしいと思いました。

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