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大学の情報セキュリティと自費出版を担う、静岡大学発ベンチャー|株式会社ITSC 代表取締役 八卷 直一 氏にインタビュー


大学の情報基盤は、研究を支える重要な役割を果たしています。静岡市と浜松市にキャンパスを構える静岡大学では、情報セキュリティや情報基盤に関する改革を行うなど、先進的な挑戦を続けています。
そんな中、よりきめの細かい情報サービスを、研究者や大学に対して提供するために設立された企業があります。大学・教育機関のクラウド導入支援などを手掛ける静岡大学発ベンチャー 株式会社ITSCです。今回は、八卷(やまき)代表にお話を伺ってきました。

八卷 直一 氏|プロフィール

1970年、東京理科大学大学院理学研究科修士課程修了。同大学理学部応用数学科助手を経て、1982年に株式会社システム計画研究所取締役に就任。工学博士。1996年、静岡大学工学部教授、2000年静岡大学総合情報処理センター長(併任)。2006年に株式会社ITSCを設立し、代表取締役に就任する。浜松ソフトウェア産業協会加盟。静岡大学工学部名誉教授。
問題を定量的に捉えて科学的(数学や行動科学)に解決策を探る手法・技術であるOR(Operations Research)を専門とする。著書『問題解決のためのAHP入門』日本評論社(共著、2005)、『大学の情報基盤』静岡学術出版(2014)ほか、多数。

目次

静岡大学における情報セキュリティの改革を担う


菅原:まず、貴社の事業内容を教えてください。
八卷:ITSCでは、主にIT事業と出版事業を行っています。IT事業に関しては、大学の情報基盤の改善や維持のお手伝いをしています。例えば、情報基盤のクラウドを導入するにあたって適切なクラウドを選定し、すぐ使えるように設定して各部局へ渡すなどです。保守運用に関しては、不具合への対応や定期的なレポートを出す、といった業務がメインです。
また、出版事業では、教材の一般配布や、地域の個人出版のお手伝いをしています。最近では、教材も電子的に作られるようになったので、電子出版にも積極的に挑戦しています。
菅原:研究を中心とする大学にとって、必要かつ重要な取り組みですね。八卷先生のキャリアをお聞かせください。
八卷:東京理科大学を卒業して、そのまま同大学で助手になりました。そのかたわら、1980年代、友人2名と東京の渋谷でソフトウェアウェアハウスを設立しました。そこでは、宇宙開発や通信制御の案件を手掛けていました。
菅原:そんな八卷さんが、静岡大学に移ったきっかけは何ですか?
八卷:ソフトウェアハウスでの私の役割が研究であり、学会に深く関連していた関係によります。静岡大学にシステム工学科という、OR(Operations Research)を扱うような学科ができまして。専門の教授を募集しており、ORの専門家として僕に声がかかったのです。
菅原:OR(Operations Research)とは、どのような分野でしょうか?
八卷:ORとは、問題を定量的に捉えて科学的に解決策を探る手法・技術です。現場の効率化に広く適用されている一方、経営判断に対しても広く用いられています。そのほか、金融・公共機関など、あらゆる分野で活用されています。
菅原:ORの活用事例を具体的に教えてください。
八卷:例えば、シフトのスケジューリングの場面です。休みの希望や労働基準法上で働けない時間の兼ね合い、雇用主の都合など多くの制約条件があります。それらすべて勘案して、全員が満足できるようにシフトを割り振るようにするといったことです。
問題を数学的問題に置き換えて、「数理計画法」というエンジンに入れ込んで解いていきます。「数理計画法」とは、数学で表現された最大値を求める問題などを、計算機の力を借りて導く手法です。最近では、1,000万ほどの変数があるものを瞬くうちに解けるくらいの処理能力を持っています。
菅原:ITSCの設立は、静岡大学に赴任して数年後でしたね。きっかけは、何だったのでしょうか?
八卷:情報処理センターのトップに選任されたことでした。情報処理センター(現:情報基盤センター)というのは、情報ネットワークや計算資源、各種サーバを受け持つ大学の組織です。
就任当時は、世界中の大学で情報セキュリティに関する問題が多発していました。静岡大学でも、全学をあげて情報セキュリティの改革に取り組むことになり、大騒ぎの日々でした。

全国に先駆け、国際認証の取得と情報基盤のクラウド化を実施


菅原:大学をあげての改革に取り掛かったのには、どのような背景があったのですか?
八卷:当時、静岡大学を取り巻く環境では、国立大学の独立行政法人化(独法化)に伴う準備と対応という大きな問題が起こっていました。
菅原:具体的に、どのような変更があったのでしょうか?
八卷:独法化での大きな変更は、情報関連の予算を大学が編成することになったことです。管轄総合情報処理センターの管轄が、文科省から静岡大学の下に移管されることになったためです。
情報化の流れでは、一般の人もインターネットを使うようになりました。大学でも、部門や教授の1人あたり1台ベースでパソコンを使うようになっていました。情報セキュリティやネットワーク性能など、さまざまな問題が起きていたのです。
菅原:どのような問題がありましたか?
八卷:全学システムでいえば、各部署で予算を組み、部署ごとに独立したシステムが運用されていました。情報基盤に関する経費の全貌すら、正確にはわからないといった状況でした。
菅原:山積する問題の解決のために、何から着手したのでしょうか?
八卷:第一歩は、ISMS(情報セキュリティマネジメントシステム)の取得でした。ISMSとは、組織における情報資産のセキュリティを管理するための枠組みで、BS7799という国際規格の発布がなされていました。現在のISO27000シリーズの前身ですね。
菅原:なぜ、ISMSの取得が第一歩だったのでしょうか?
八卷:急務であったことが第一ですが、この取得を目指すことで、良い意味での外部圧力となるからです。関係者が情報セキュリティの勉強をしたり、組織などにも変更が必要になったりします。
菅原:それまで議論に上がらなかったセキュリティの脆弱性も、浮き彫りになったのでしょうか。
八卷:一番端的な例は、窃盗です。パソコン教室からパソコンやソフトを盗まれるということがありました。犯人は、大勢の人が入室するのと一緒に部屋に入り、人がいなくなってから物品を持ち出したのです。部屋のセキュリティがかかっていたのは入室時だけで、出るときは何もせずに出られる仕様でした。そこで、退出にもセキュリティを付与したのですが、停電や火事のときに部屋から人が出られなくなるといった問題も浮上しました。
そういった運用上の課題については、たくさん議論をしました。大変でしたが、良い流れでしたね。国際規格を取ることを目指したからこそ、さまざまな事象が議論の対象になったのですから。
菅原:ISMSの取得の次は、どのような問題が見えてきたでしょうか?
八卷:まず重要なのは、いわゆる全学システムです。基幹システムとも呼ばれ、教務・財務を中心とする大学運営の基盤となるシステムです。それまでは、財務なら財務、教務なら教務という部署ごとに構築され、全体として高価で連携性に欠けるものになっていました。
菅原:大きな課題ですね。どこから着手したのでしょうか。
八卷:全学の情報基盤にいくら費用が使われているのか、調べるところからはじめました。どうあるべきなのか、無駄はないかと検討を進め、これくらいで収まるはずだという予算の規模を突き止めました。
そこで発見されたのは、予算がまったく足りないという事実です。そこで、更なるコスト削減をするために検討したのが、当時まだ導入されていなかったクラウドコンピューティングでした。クラウド化により、セキュリティのレベルも上がります。そこで、静岡大学は、全面クラウド化に舵を切りました。
菅原:ISMSにクラウド化、全国に先駆けた取り組みだったと思います。静岡大学は、八卷先生を中心として大改革を実施されたのですね。
八卷:いえ、私は旗を振っただけで、センターの教授をはじめ事務の方々を含めた全員で取り組んだお陰と思っています。当時、日本でISMSを取得している機関の数は、企業や自治体などすべて合わせても70団体ほどでした。この取り組みをきっかけに、全国の大学でもISMSの取得を続々と目指していきました。現在、かなりの大学がISMS(現:ISO27000)を取得していると思います。
ISMSの取得をきっかけに、問題が噴出したというのは良い兆候でしたね。情報セキュリティの必要性を認識したことで、大学内で議論ができるようになったのですから。
菅原:そうした背景があり、2006年にITSCを設立されたのですね。
八卷:はい。クラウドコンピューティング支援などの細々したサービスを行っています。

どうしたら重要な論文を残していけるか?


菅原:出版事業についても詳しく教えてください。
八卷:大学を外から支えるという意味で、出版もそうした取り組みの1つです。実は、先生方が研究成果を発表する際、論文よりも出版を通じた方が評価が高いのです。しかし、出版に関することを、自分でやろうと思うと難しいことも多いです。そこで、ITSCに自費出版の事業を立ち上げ、支援してきました。費用は、一般的な自費出版と比べて3分の1ほどです。
菅原:大学において核心となる機能ですね。静岡大学のブランドにも箔が付きそうです。
八卷:東京大学の「東大出版」のようなブランドを、静岡大学でも作りたいという声がありました。ITSCでは、「静大出版」というブランドを立ち上げ、自費出版事業を通じてその
受け皿を担っています。
菅原:その後、出版事業は、どのように展開してきたのでしょうか?
八卷:現在は、一般の企業や個人向けにもサービスを提供しています。また、この自費出版のモデルは、ほかの大学でも必要とされているはずです。大学の先生個々人からのニーズに応えるところから始めて、方々にアプローチをしています。
菅原:ITSCは、まさに大学を外から支える企業なのですね。
八卷:そうですね。クラウドコンピューティングや出版の事業を通じて、これからも大学の支援をできればと思っています。
菅原:その他、八卷さんが力を入れている取り組みもありますか?
八卷:地域における郷土史の掘り起こしや保存に関するお手伝いも、行っていきたいと思っています。
例えば、出版と地図システムの観点から、浜松市に隣接するあるエリアで、歴史の掘り起こしを支援しています。悲劇など、さまざまなお噺がまつわるお城がありましてね。今となっては、その城址の形跡がまったくありません。ご存知の古老の面々に聞いても、「この辺りのはず」としか所在が分からないんです。
地域によっては、歴史や文化を知っているのはご年配の方だけで、後の世代に伝わっていないということが多くあります。「昔、お爺さんから聞いた気がするな」というように、口伝ではその内容が途絶えてしまうこともありますよね。
菅原:地元の方との関わりの中で、重要だというものを拾い上げて残していく取り組みなのですね。
八卷:もし、口伝えで伝わっていたものが、紙で残っていれば素晴らしいですね。歴史が辿れなくなったことにも歴史があると思いますが、知っている人がもういないということもあります。クラウドや自費出版の事業を通じて、そういったことのお手伝いが少しでもできると良いなと思っています。

編集部コメント

大学のセキュリティを守り、知財を残す取り組みを続けてきた八卷氏。その活躍が、今後は、街に眠る知財の掘り起こしや活用にも発展していくかもしれません。城下町、産業の街、起業の街など、さまざまな顔をもつ浜松市で、ITSCの今後に期待が高まります。

ライター:菅原 岬

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