林氏:「原則的なストック・オプションの税務では、権利行使をしたときの株価(時価)と行使価格(株式取得にかかる価格)との差額(頭上:★1)が報酬とみなされ、対象者に所得税が課税されます(税制非適格ストック・オプション)。
この原則的な課税関係によると、ストック・オプションを行使し株式を取得したタイミングで、税金がかかることに。現金は株式を売却後に手元に入ってくるにもかかわらず、累進課税により最大で約55%の税金が課されてしまいます」。
とはいえ、税制非適格ストック・オプションの権利行使時にかかる税金は、あくまで対象者に課されるものです。ストック・オプションにおける課税関係がどのような形であっても、スタートアップ企業側への影響はないようにも思えます。
その点に関して林氏は、「じつは、税制非適格ストック・オプションにおける課税関係は、スタートアップ企業にとっても影響が少なくない」と語ります。
林氏は、「なぜなら、企業には、所得税の源泉徴収義務があるからです。社員のストック・オプションの権利行使時に発生した所得税の納付義務は、企業側が負っているということです。ですので、対象者に配慮した課税関係を作れるかどうかは、企業側にとっても重要な課題なのです」と解説しました。
ストック・オプションの適切な設計と運用を考える①税制適格ストック・オプションの発行
前述のような課税に関する問題点を考慮し、ストック・オプションには優遇措置が設けられています。一定の要件を満たすことで、権利行使時ではなく、売却時の譲渡所得課税とするというものです(租税特別措置法第29条の2。この要件を満たし税制上優遇されたストック・オプションを「税制適格ストック・オプション」と呼びます。
税制適格ストック・オプションでは、どのような課税関係が適用されるでしょうか?林氏から解説がありました。
林氏:「対象者が課税されるのは、株式を売却したときのみとなります。株式を売却したときの売却価格と権利行使価格との差額(売却益)に課税される形です」
出典:株式会社プル―タス・コンサルティング
「このときの差額(売却益)は株式の譲渡所得になります。譲渡所得の税率は約20%ですから、給与所得の税率より低くなる場合が多くなります。また、株式を売却した現金を納税資金に充当することもできます」(林氏)。
▲ストック・オプションの権利行使(株式取得)時に含み益が発生していたとしても、税制適格ストック・オプションであれば課税されない 出典:株式会社プル―タス・コンサルティング
一方で、税制優遇を得るためには細かな適格要件を満たす必要があります。例えば、年間の権利行使に対して1,200万円までの上限、行使期限が2年経過後から10年後までなどです。
また要件の一つに、権利行使をした株式を国内の金融機関に保管委託すること、という項目がありますが、保管委託される株式は、IPOを前提としていることが多いようです。
では、税制優遇が受けられない社外協力者に付与するケースや、将来のM&Aを想定しているケースでは方策はないのでしょうか。そこで、税制適格ストック・オプションと同様の課税関係を実現しながら、より自由度の高い運用ができるとして注目されるのが「有償ストック・オプション」です。
有償ストック・オプションの仕組みは、対象者が対価を払って会社からストック・オプションを購入するというもの。
林氏:「一般的な課税関係としては、対象者が公正な対価を払ってストック・オプションを購入していれば、課税は株式売却時の利益に対して譲渡所得課税(約20%)となります。
ストック・オプションの公正な対価を算定することが求められますので、弊社のような第三者評価機関が価値算定をお手伝いします。実際には、権利行使条件(※)を付けることで公正価値を低くし、対象者の払込み額を少額に抑えるケースが多いですね」。
※権利行使条件|ストック・オプションの権利を行使するにあたって設けるハードルのこと。ある一定期間内における業績の達成目標を定める、将来、株価が一定の水準を下回った場合には権利が失効するなどの条件を設定する。
ストック・オプションの適切な設計と運用を考える②信託型ストック・オプションを運用する
一方で、ストック・オプションの大きな課題は、誰にどれくらい発行すれば良いかの適切な判断が難しいということです。ストック・オプションは新株予約権の一種ですので、一度発行したらやり直しはできません。
▲株価の上昇とキャピタルゲインの低下 出典:株式会社プル―タス・コンサルティング
成長の著しいスタートアップでは特に、ストック・オプションから得られる利益と株価の成長とが逆相関します。成長フェーズの後になればなるほど株価が上がり、ストック・オプション1個あたりの将来に得られるキャピタルゲインは低減するからです。
また、成長フェーズの後になるほど優秀な人材を多く雇いたいものですが、ストック・オプションの発行可能枠の上限も迫ります。
こうした課題は、税制適格ストック・オプションや有償ストック・オプションでは解決できません。そこで活用できるのが、プル―タス・コンサルティング社と漆間総合法律事務所の松田良成弁護士が開発した「信託型ストック・オプション」です。
信託型ストック・オプションとは、ストック・オプションを信託に預け入れ「冷凍保存」されたストック・オプションのこと。発行時の条件のままプールできるので、行使価格も発行時の価格が固定されます。
出典:株式会社プル―タス・コンサルティング
信託型ストック・オプションでは、発行時に対象者を決める必要がありません。そのため、まだ見ぬ未来の優秀な人材に付与することも実質的には可能です。
信託に保管されている期間中は、従業員の業績貢献度に応じてポイントを付与していきます。このポイントは、将来ストック・オプションと交換できるという性格のもの。入社後のパフォーマンスに応じて、もらえるポイント数が変わってくるため、強力なインセンティブ効果を発揮します。
林氏:「時価発行新株予約権信託®の開発前は、従来のストックオプションの課題として、『従業員の貢献度とストック・オプションの利益(付与数)にミスマッチが生じる』『発行時点ではなく、これからの働きに期待するインセンティブ設計がしたい』、というご相談を多くいただいておりました。
現在では、上場・未上場あわせて計270社ほどで、時価発行信株予約権信託®を導入いただいております」。
適切な人材に適切なインセンティブを付与し、企業の成長を促すために
最後に林氏は、どのようなストック・オプションもそれぞれの仕組みと将来への影響を理解し、発行と運用のスキームを作りこむ重要性があると語りました。
林氏:「ストック・オプションの発行は、資本政策の1つです。弊社では、年間1,000件を超える資本政策のご支援をさせて頂いておりますが、企業ごとに状況は千差万別です。発行後に問題が発生しても、当時に戻って発行しなおすことができません。そのために、将来的な影響や可能性を十分に加味した設計と運用を行うのが非常に大切です」。
質疑応答
講義の最後には質疑応答の時間が設けられ、参加者よりさまざまな質問が寄せられました。自社の現状やビジョンにあわせたストック・オプションを発行するには、適切なスキームとロジックを用いて細やかな制度設計をしなければなりません。
具体的な数字や事例を用いた林氏のレクチャーにより、ストック・オプションの戦略的活用をより現実的に理解できる勉強会となりました。