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資源・エネルギー分野に特化し、研究シーズを発掘から事業化まで|アンヴァール株式会社 代表取締役社長 櫻井 重利 氏にインタビュー


「魔の川」「死の谷」と称されるように、製造業における基礎研究が市場での成功に至るまでには大きな障壁が待ち受けています。開発や事業化フェーズで暗礁に乗り上げるプロジェクトは多く、基礎研究の段階で眠ったままのシーズもあります。
そんな中、国内に潜在する優れた基礎研究を見つけ出し、新規事業として大きく育てようとしているベンチャーがあります。アンヴァール株式会社(本社:浜松市中区)の櫻井 重利 代表取締役社長にお話を伺いました。

櫻井重利氏|プロフィール

慶応大学文学部社会学科卒。ヤマハ発動機株式会社に入社し、マリン営業事業部および社内の専門商社にて実務経験を積む。2004年、早期退職をきっかけにアンヴァールを設立。国内に眠る研究シーズの事業化を支援する。2017年「海水からCO2フリーマグネシウムを造る」事業プランでマリンテックグランプリJT賞を受賞。2018年 「日本を資源大国に!」事業プランにて始動Inovator2018に応募、国内プログラムに進出など、功績多数。

目次

「魔の川」「死の谷」を見える化し、技術シーズの事業化に伴走する


菅原:まず、櫻井さんの自己紹介をお願いします。
櫻井:もともと、ヤマハ発動機でヨットやボートといったマリン製品の営業を担当していました。転勤で社内の専門部内商社に移り、さまざまな研究所や研究機関とやり取りをしていました。
いろいろなことにチャレンジさせてもらったヤマハ発動機は、今でも大好きな企業です。ただ、2004年にたまたま早期退職のタイミングがありまして。「人生に一度のことだし、そろそろ独立しても良いかな」という気持ちが湧いて退職し、その年の12月にアンヴァールを立ち上げました。
菅原:設立からどのように発展してきたのですか?
櫻井:設立当初は、LED製品の販売などをしていました。「これからは何がおもしろいんだ?」と考えてみると、エネルギーや資源だなと。2009年ごろから、その分野へ舵を切りました。
そうした流れで、東北大学とご縁ができ、共同で開発を行ったり特許を買ったりしていきました。その中で、国内の大学には、世の中に出ていない優れた研究がたくさん眠っているということに気付いたんです。大学をはじめとする研究シーズの事業化を、資金調達まで含めてサポートしていくようになりました。
菅原:なぜ、研究シーズの事業化を行えるようになったのでしょうか?
櫻井:技術シーズを世の中に売り出したいというときに、どこの何を詰めなければならないといった話ができるためです。私は、前職の経験から、大企業の枠組みの中で実現できることの限界を把握しています。例えば、量産するために求められる項目や基準が分かるなどです。
事業化にあたっては、乗り越えるべき課題が山脈のようになっていますが、技術シーズを持つ側からは見えていないことも多いです。事業化を進めていると、“透明な壁”が目の前に現れて弾き飛ばされるような感覚になることがよくあります。
菅原:しかし、それらは“透明な壁”でははないということですか?
櫻井:量産化や品質保証についてはもちろん、事業継続計画に沿って供給できるかといったことは、当然聞かれることです。それらの課題を「こういう山と谷があるんですよ」と説明しながら事業化を進めています。

エコシステムの機能を担う中で、事業化が見えたプロジェクト

▲マリンテックグランプリでのプレゼン風景より

菅原:基礎研究の事業化支援については、フェーズごとにプレーヤーがいるように思います。
櫻井:大学のTLO(※)や技術商社が、その機能を一部担っていますね。しかし、一緒に事業を行っているわけではありません。
例えば、TLOが関与するのは、技術を民間企業などへ売るところまでです。その後の事業化には取り組めないので、その先がなかなかうまく進まない。
国内で先行しているのが東京大学でしょうか。株式会社東京大学エッジキャピタル(UTEC:ユーテック)と東京大学産学連携本部の連携により、一連の流れができています。東北大学なども体制を強化していますね。
(※)TLO:技術移転機関の略。大学発の研究・知財の成果を特許化し、民間企業などへライセンスする法人のこと
菅原:事業化までエコシステムが機能しないといけないのですね。
櫻井:はい、近年、東京大学発のベンチャーがたくさん出てきたのは、そうした骨組みがあるからなんですよね。その役割を弊社で担いたいということです。
例えば、ひとつの技術シードをIPOやM&Aするところまで育てたら、また新たなシードの育成に取り掛かるような。IT業界にあるようなそうしたエコシステムを、ものづくりの業界にもつくれたらうれしいですね。
菅原:最近では、どのような研究シーズの支援を進めていますか?
櫻井:新型銅鉄合金を作成する技術は、事業化を見据えています。実現が難しいと言われていた銅と鉄を任意の比率で合金化できるようになる技術ということで、民間企業のニーズへ繋げているところです。
また、高い導電性を持つグラフェンについて、筑波大学の伊藤良一准教授と共同で開発を進めています。グラフェンを立体化する技術があり、2018年の末に特許を登録しました。この3次元構造のグラフェンを応用すると、例えば大容量の水の電気分解が可能となり水素社会に大きく貢献できます。
最終的には、水から取り出した水素とCO2を組み合わせて、再生可能なジェット燃料をつくるとおもしろいと思っています。電池が大発展しない限り、飛行機についてはあと数十年間、エンジンを動力とする在来型が飛び続けるでしょう。地球温暖化を防ぐために、飛行機から出るCO2の削減は大きな課題のひとつです。そうしたことをいろいろとやっています。

日本は資源大国になれるか?大きな夢の実現に向けて


菅原:櫻井さんが描いているビジョンを教えてください。
櫻井:「日本を資源大国に!」ですね。実は、日本を資源大国にできる要素はたくさんあるんです。例えば、北海道の炭鉱には、石炭層にメタンがたくさん溜まっています。メタンは千葉でも採れますし、メタンハイドレードの産出試験も進んでいますね。ほかにも、いろいろなメタンの“隠し玉”が、国内にはあるんです。
風力さえあれば24時間発電ができる洋上風力も、コスト面を調整できれば活用が進むでしょう。小水力を活用する技術も、研究開発が進められています。
そうした優れた研究のシードがたくさんあるのが日本です。そのシーズを産業化まで高めていければ、日本は資源大国になれるというのが「日本を資源大国に!」というビジョンなのです。
菅原:日本には、眠れる資源がたくさんあるのですね。具体的に進めている事業があれば、教えていただきたいです。
櫻井:「海水から造るCO2フリーのマグネシウムの産出」について、事業化を進めています。昔から、カナダやアメリカでは、海水からの電解法によってマグネシウムを産出していました。それが、鉱山から採掘して精錬する方法が中国で安くできたので大きくシェアを奪われてしまったんですよね。現在、全世界のマグネシウムは、約8割が中国で生産されています。
今、調整している国内の新しい技術を使えば、そのコスト差が埋まると考えています。さらに、再生エネルギー由来で精製していきたいと。「もう一度、海を主役にしよう」というわけです。
5年前に取りかかって以来、ずっと夢物語と言われてきたことです。しかし、ひとつひとつの課題に基礎技術を当てていくと、可能だということが見えてきました。大学の先生方の協力も得られる段階となったので、もうすぐA‐STEP(※)にも申し込んでいきます。
(※)A-STEP:大学や公的研究機関などの優れた研究成果の実用化を目指す技術移転支援プログラム
菅原:海水から精製されるマグネシウムは、従来のとおりに使用できますか?
櫻井:はい、もちろん再生も可能です。これまで、川下の加工についての基礎技術はありました。ただ、コストが見合わなかったのです。日本の領海内で安定してマグネシウムが採れるようになれば使いたいという、川上の引き合いはあります。
菅原:日本の海水由来のマグネシウムは、マグネシウム市場の何割を抑えられそうでしょうか。
櫻井:少なくとも3分の1とは思いますが、特許でもカバーしきれないほどのスケールで、それぞれのプレーヤーが事業を運営できるようになるでしょう。マグネシウム関連の国家プロジェクトも進んでいますし、うまくいくことが分かれば競合もたくさん出てくるでしょう。
菅原:競合の多い分野に飛び込んでいくのは、リスクとなりませんか?
櫻井:むしろ、それでいいと思うのです。それぞれのプレーヤーの技術を総合していく先に、さまざまな製品にマグネシウムが使われる社会が当たり前になっていくのだと思っています。「そのきっかけは、アンヴァールという会社なんだよ」と言われるような光景を、はたから見て密かに笑っているくらいがいいと思っています。
菅原:産業化やイノベーションまでを見据えて支援を行っているのですね。
櫻井:我々がやらなければならないのは、世界“を”変えるのではなく、世界“が”変わることです。例えば、国内で見合った価格でマグネシウムが採れるようになれば、使うしかないですよね。アルミニウムの代わりに使われれば大変大きな需要となりますし、海上都市をつくることもあり得るでしょう。
もちろん、大きな夢ですし、リスクの大きなことをやっています。しかし、「そうなったらおもしろい」と思えるものは、始めてみなければならないと思うのです。やってみなければ結果は分かりませんし、できたら世界が変わるようなことなのですから。

編集部コメント

大学だけでなく中小企業にも優れた技術が眠っているとのこと。浜松にも、そうした企業がたくさんあるそうです。アンヴァールが事業化を手掛ける研究シーズが、産業やくらしを変える日も近いかもしれません。

ライター|菅原 岬

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